息子の肩に手を置いて微笑むお父さんとニッコリ笑っている男の子

発達障害の息子は、パニックを起こして大暴れする子どもでした

妻によると息子は、生まれて1歳くらいまでは、子育てが楽な子どもだったといいます。息子が歩けるようになる頃から多動が顕著になりました。私が強く記憶している息子は、多動な息子からです。妻が息子を抱っこしても問題なかったのですが、この頃から私の抱っこをとても嫌がるようになりとてもショックだったので、とても記憶が鮮明なのです。

この頃から、息子の自閉症の障害特性が顕著に現れ始めました。具体的には、こだわり、多動、常同行動、視線を合わせないなどです。どれも、かなり強い症状でした。そして、きわめつけは、ひどいパニック(かんしゃく)です。

その後、息子は1歳半の検診時に異常を指摘され、2歳半に自閉症の診断をうけ、その当時の療育手帳の判定は「B(中度)」でした。息子の成長に伴い、息子の障害特性もどんどんひどくなる一方でした。

<発達障害の息子の障害特性について>
  1. こだわり
  2. 多動
  3. 常同行動
  4. 独り言
  5. 視線が合わない
  6. パニック(かんしゃく)

(1)こだわり

息子の主なこだわり行動は、物を並べる行動です。これについては、こちらを参照してください。

(2)多動

多動は、とにかく少しの間もじっとしていられないのです。療育施設では、いすに着席してさまざまな作業をするのですが、息子は長時間着席していられずにしまいには、パニックを起こして暴れ出し、すわっていたいすを妻に向けて何度も投げていました。

(3)常同行動

手をひらひらさせたり、立っていてもすわっていても、体がゆらゆら横に揺れていました。もしかしたら、体幹に問題があるのではないかと随分と心配しました。これについては、こちらを参照してください。

(4)独り言

息子はことばが出てきた頃から、独り言がでるようになりました。独り言が頻繁に出るのは、息子に不満や不安があったり、緊張する場面が増えたときなどでした。これについては、こちらを参照してください。

(5)視線が合わない

息子は、おかしいくらいに視線が合わなかったのです。息子が3歳以降、何度も視線を合わせる練習をしましたが、なかなか改善されませんでした。改善できたのは、就学直前の頃でした。これについては、こちらを参照してください。

(6)パニック(かんしゃく)

パニックを起こしている男の子

息子は少しでも気に入らないことがあると、すぐにパニック(かんしゃく)を起こす子どもでした。パニックのきっかけのほとんどはささいなことですが、こだわりや多動に関係すること、身辺自立をさせたときが多かったように思います。息子は物を並べることがこだわりでしたが、それを少しでもずらそうものならば、パニックを起こしました。また、息子は多動が顕著でしたので、手をつなぐのをとても嫌がりました。

手をつなぐと、息子の行動範囲が狭まるからです。息子は、多動すぎてショッピングセンターでも、どこでも自由に行動をしたがりました。手を離すと危険ですので、強引に手をつなぐのですが、泣いて暴れてパニックを起こして、不意に手を離した途端に、すぐにどこかへ行ってしまいます。外出時は、ショッピングセンターでは何度も迷子になりましたから、幹線道路では交通事故に巻き込まれないように、いつも神経をとがらせていました。

自宅では、身辺自立を少しずつはじめていましたが、息子はそれをとても嫌がりました。それでも、身辺自立は必要ですから、無理にさせようとすると直ぐにパニックを起こして、嫌だと強く抵抗しました。息子は体力だけはあったため、一度パニックを起こすと、もう、何十分何時間でも体力の続く限り泣いて暴れるので、手がつけられない状況でした。息子が3歳になったばかりの頃、パニックを起こしてガラス戸に頭から突っ込んだときには、さすがにヒヤリとしました。幸いにも軽傷で済んだので事なきを得ましたが、いつもこんな感じです。

息子がパニックを起こすと危険なので、私が全力を抱っこして暴れないようにするのですが、3歳の幼児にどうしてこんな力があるのかと思うくらいに全力で抵抗してきます。当時、私はギリギリ20代で体力に自信があったのですが、そんな私でも息子を抑えるのがやっとで、こんな生活がいつまで続くのだろうかと絶望していました。

このままでは、いつか息子を抑えられなくなる日が、そう遠くない未来にやってくることは予想に難くありませんでした。息子のパニックで、家族全員が振り回されて家庭が崩壊するのも時間の問題だと思っていました。

発達障害児の息子の転機 私(父親)の子育て参加への決意

腕まくりしてやる気満々の男性

私は、これまであまり家庭を顧みない仕事人間でした。息子の子育てや家事には一切タッチしていませんでした。それまで、息子をお風呂には何回か入れた記憶がありますが、息子のおむつを替えた記憶はほとんどありません。

息子が2歳半のときに、自閉症と診断されたときもどこか他人事だったような気がします。それどころか「息子が障害児なんて、世間体が悪いな」という考えが、一瞬頭をよぎった自分がいます。それでも、私が息子の子育てを決意したのは、息子の状態がこんなにも悪いにもかかわらず、息子を無条件で愛していることを自覚したからです。息子の障害は、息子には何ら責任はないですから、こんな息子が不憫で仕方がなかったのです。

このままでは、息子と共倒れになってしまいますから、息子は近い将来、障害者施設でお世話になるしかないのだろうかと絶望していました。そのときの私の希望は、息子の障害特性が改善して、一生涯息子と穏やかに一緒に暮らせることでした。ここで、初めて私は、息子の子育てに参加することを決意したのです。息子の状態から妻任せの子育てでは限界があることを感じていましたから、私自身が主導して子育てが必要と判断していました。

こう書くと、私がスムーズに息子の子育てにシフトチェンジできたかのように思われるかもしれませんが、ここに至るまでに実は、息子の診断から既に半年以上の時間が経過していました。正直申し上げると、この決断に至るまで、私のなかでは大きな葛藤がいくつもありました。また、乗り越えるべき壁がいくつもあったのです。その理由は、まず、息子の子育ては大変な作業だと、十分過ぎるほどわかっていましたからとても面倒に思ったこと、そして、最も大きな理由は、自分自身に自信がなかったからです。

ため息をついて悩んでいる男性

仕事ではどんなに困難な問題でも、これまで何とか解決してきましたし、解決できる自信がありました。ですが、息子の障害特性なんてよくわからないし、ましてやその改善なんてやったことありません。小学校では何らかのトラブルが発生すれば、学校にいって先生と今後の対応を協議しなければならないでしょう。学校はそうでなくとも、親にとっては敷居の高い場所ですから、うまく乗り切れる自信なんてまったくありませんでした。

それでも、最終的に私が決断できたのは、開き直りでした。そして、今まで発達障害児の子育てを妻に任せっぱなしにしてきた、後ろめたさもありました。最終的には、親が責任をもって対応するしかありませんし、やはり息子を愛していましたから、私自身がやるしかないと腹を決めたのでした。

私の息子への最初のアプローチは、基本的な身辺自立(食事、排せつ、歯磨き、洗顔、衣類の着脱などの最低限の生活習慣)からの取り組みでした。ところが、息子は嫌がって抵抗を示すだけで、なかなかうまくいかなかったのです。どうやっても、うまくいかない子育てに、私たち親子はどんどん疲弊していきました。

この最悪の状況を打破できた理由は、毎日、疲弊しながらも息子のことを細かく観察し続けて、最終的にたどりついた結論は、私と息子との関係性に問題があったと気づいたことです。そして、なぜ息子が身辺自立を嫌がるのか、私と息子との関係性をどう築いていけばよいのかの答えを、息子の子育て経験のなかで導き出すことができたからです。ですから、その後は、私は息子との「適切な親子関係」を構築することに注力しました。

その結果、驚くことにあんなに嫌がっていた身辺自立を、息子自身が、積極的にできるようになろうと、自ら努力するようになっていました。それと同時に、これまで発することがほとんどなかった言葉が、少しずつ出てくるようにもなりました。生活全般において、さまざまな問題が改善していったのです。

適切な親子関係の構築がうまくいった、笑顔のお父さんと子ども。

その後も、息子の成長の勢いはずっと続きました。最終的に、一般就労が実現するところまで到達することができたのです。

息子の成長は、決して偶然ではありません。私自身、息子との「適切な親子関係」を構築することで、「協調性」も育つだろう、そして、徐々にでも生活全般において、大きく改善できるだろうと予測して頑張ってきました。息子は、私が想像していた以上のスピードで成長したため、息子の急激な変化に戸惑いつつも大きな成果を得られたことに、喜びを感じています。

子育てがうまくいくと、どんどんいい方向に歯車がまわっていきます。今、それを実感できています。

なお、息子の具体的には成長について、次のとおりです。

発達障害児でも、子育てがうまくとこんないいことが・・・

両手をあげて喜んでいる親子

息子が3歳から小学校入学までの約2年半の間、息子は期待した以上の成長ができたと思います。息子は幼稚園に3歳からの3年保育でした。入園当初は、さまざまな問題行動があったため、園内でうまくやっていけるだろうかと、不安の方がとても大きかったのです。最初のうちは、問題行動によるトラブルを想定して妻が付き添っての園生活でしたが、息子は意外と安定していたため、2週間程度で妻の付き添いが不要になりました。小学校入学後も、特に息子を原因とするトラブルは、ほとんどありませんでした。

実は、私の仕事の都合で、幼稚園時代に2回、小学校入学後にも1回の転勤があり、幼稚園の転園、小学校の転校を経験しています。環境の大きな変化で、悪影響がでるのではないかと大変心配しましたが、息子の成長もあり特に大きな問題はありませんでした。

子育てがうまくいくようになると、うれしいことがたくさん起こります。例えば、以前ならば身辺自立をさせようとすると、やりたくないと息子は強く抵抗しパニックを起こしていましたが、正しい子育てを実践してからは、息子自ら積極的に身辺自立をするようになったのです。

もちろん、障害がなくなったわけではありませんので、その後の子育ても大変なのは変わりがないのですが、息子からの抵抗がなくなっただけでも、以前とは全然違います。1つ1つ課題ができるようになるたびに、息子を褒めると息子は褒められたこと、自分でできるようになったことの喜びでさらに、前向きに課題に取り組むようになりました。私自身も、息子の成長がうれしくて、さらに子育てに力が入っていきました。この好循環が、息子の大きな成長を促したのだと思います。

息子の成長について、具体的には以下のとおりです。私が息子の子育てに本格的に参加したのは、息子が3歳になったばかりの頃でした。ですので、3歳以前とそれ以降の息子の成長について比較してみました。

身辺自立

3歳までは基本的な身辺自立(食事、排せつ、歯磨き、洗顔、衣類の着脱などの最低限の生活習慣)はあまりできていませんでした。

食事は、3歳以前はスプーンを使って自分で食べることができましたが、ごはんをよくこぼしていました。4歳の頃には箸での食事ができるようになり、ごはんをこぼすことも少なくなりました。偏食はもともと、ほとんどありませんでした。

排せつは、3歳までは排せつがうまくいかず、おむつをしていました。4歳になる前にはおむつが取れていたと思います。

歯磨き、洗顔は、4歳頃までに自分でできるようになりました。仕上げ磨きは、小学校入学後もしばらくは必要でした。

衣類の着脱は、ボタンのかけはめ以外は3歳以前にもできていました。ボタンのかけはめは、3歳になってからできるようになりました。4歳になってからは、着替え(普段着、園児服、パジャマ)の保管場所を指定したところ、自分で考えてできるようになりました。

日常の様子

3歳以前は、ひとり遊びが多くおもちゃで遊ぶというよりは、ただ並べるだけでした。並べたおもちゃを少しでも動かそうものなら、激しく泣いてパニックを起こしていました。典型的な発達障害の特徴を示していました。4歳になる頃には、おもちゃ本来の遊び方ができるようになり、私も含め1歳上の兄とも一緒に遊ぶことができるようになりました。

性格やパニックの頻度

3歳以前は、少しでも気に入らないことがあると激しくパニックを起こし、何十分何時間でも泣き続けていました。4歳を過ぎたあたりからは、性格が穏やかになりパニックも滅多に起こすことはなくなりました。この頃から、情緒がすごく安定してきたため、日常生活全般で安定するようになりました。

話し言葉

3歳以前は片言でいくつか単語を話すことはありましたが、喃語の方が圧倒的に多くあまり意味のある言葉を発することがありませんでした。3歳を過ぎたあたりから、発する単語数が飛躍的に増えていきました。小学校入学直前には、話しかければ受け答えができるようになり、同世代の子どもと比較するとちょっと幼いかなくらいには、成長できたと思います。

学習面など

5歳から公文教室に通っていました。当時、自宅から公文教室までは500mほどの距離がありました。通い始めの月は行き帰りを妻が付き添っていましたが、信号機や横断歩道などの通行時のルールを理解できるようになり、安全が確認できるようになってからは、ひとりで通うことができるようになりました。

小学校入学までに、学習面では、ひらがな、カタカナ、簡単な漢字はマスターしていました。算数では、簡単な足し算、引き算はできるようになっていました。公文教室での学習は、息子に合っていたようです。私は、発達障害児は公文教室の学習が向いているのではないかと思っています。(興味のある方は公文のHPをご確認ください)

お手伝い

息子には、3歳からお手伝いをさせています。最初は、毎朝新聞をポストに取りに行くことから始めました。小学校入学前までにやらせたことは、食器の後かたづけ、洗濯物の取り込み、洗濯物たたみなどです。

小学校入学後は、布団しき、布団のかたづけ、洗濯物干し、洗濯物取り込み、洗濯物たたみ、買い物の荷物もちなどもするようになり、その後は多少複雑なお手伝いもできるようになっていました。

このように、息子の子育てがうまくいったことにより、私の家庭は生活全般で良い方向に様変わりしました。しかし、息子の成長はただの偶然ではありません。息子の成長を願って、考えて考えぬいたうえで実践し、実践経験のなかで最終的に正しい子育て(成果が期待できる子育て)のノウハウを得て、それを実践しただけなのです。

ですから、私は息子の成長を必然だったと考えています。したがって、正しい子育てを頑張れば誰でも、あなたにも実現できると思っています。ぜひ、この喜びをあなたとあなたのお子さんにも味わってほしいのです。

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